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変わり果てた姿を見て
夜が明けて,妻に夕べのことを話すと,妻も少し聞いていたようで同じような感想をもらしました。
「医者と言ってもやっぱり同じ人間なんだな。」と改めて感じました。
面会の11時までは時間があるので,モーニングを食べに妻と二人で食堂へ行くことにしました。
病院は,8時30分からの診察時間に向けて受付付近は,すでに患者さんであふれていました。
病院内にある喫茶店に着いて,二人でモーニングを注文しました。
しばらくして,若い女の人が3歳ぐらいの女の子を連れて喫茶店に入ってきました。
今まで何気なく見ていた子ども連れが,見ただけであきらを思い出し泣いている自分に気づきました。
屈託のない笑いや仕草のすべてがあきらとオーバーラップするのです。
また,妻は,このような喫茶店では,いつもあきらが隣にいて自分と同じ物を食べていたことを思い出したようでした。
また,隣にだれもいないことの寂しさを感じているようでした。
モーニングのトーストを食べながら二人で泣いていました。
「なんで,あきらなの。なんでや。あきら!」と叫びたい気持ちでした。
食べたトーストも飲んだコーヒーもとてもまずく感じました。
お金を払って待合室に戻り,面会時刻の11時を待ちました。
10時50分頃になると妻は,
「下へ行って入口の前で待っているから。」
と先に行きました。
私も早くあきらに会いたいけれど,
「自分が落ち着かないといけない。」
と思い,ぎりぎりまで待合室にいて,スポーツ新聞を読んでいました。
10時58分頃になったので,下へ降りて行きました。
集中治療室の前には,面会の人であふれていました。
たくさんいても一家族2名と決まっているのに・・・・・。
やはり家族を思う気持ちはみんな同じなんだと思いました。
時計が11時を指しました。
でも,すぐには,ドアは,開きませんでした。
3分程経過して,集中治療室の扉が開いて,看護婦さんが,
「どうぞ。ここでちゃんと身支度をして中へお入りください。」
と言って手招きをしてくれました。
消毒しているスリッパを履いて,白衣をつけて,紙の帽子をかぶり,紙のマスクをして,最後に手を消毒液でもんで部屋へ向かって歩いていきました。
中に入ると,患者の前に担当医と思われる医者が並んでいました。
「昨日,大声で笑っていたのは・・・・」なんて思いながらも,早くあきらに会いたいと思いました。
あきらのところへ行くと,担当医の大柄な医者が,
「状況は,変わりません。相変わらず厳しい状態です。」
「・・・・・・・・・。あきら。あきらちゃん元気ですか?」
といつも言っている言葉をかけたり,手をさすってあげました。
手を握っても薬で眠らされているので反応は,まったくありません。
鼻に管を通され,体中に点滴をうたれてただ息を機械でさせられているという状況でした。
元気だったころの面影は一つもありません。
ただ,鼻や口からの出血は止まっていました。
でも,鼻と口のまわりは,血が凝固してしまっていて鼻や口もつまっているように見えました。
手は,冷たいのですが,握った感じは前と少しも変わりませんでした。
目は,半目を開けているような状態で,目が乾かないように薬を塗られて黄色になって見えました
「なんで?あきら・・・・。お父さんと買い物行くんじゃないの?」
と投げかけただけでした。妻は,
「助かる可能性は,あるんですか。最後までよろしくお願いします。」
と悲しさでいっぱいだと思うのに,つとめて冷静さを装っているようでした。
たった5分程度の面会の時間は終わりました。
私は,治療室を出るとき,白衣を投げつけました。
以前のあきらの笑い顔と,ベットで寝ているあきらを同一視することが自分では,どうしてもできなかったのです。
いや,したくなかったのかも知れません。
集中治療室は,一日に一度の面接なので,容態が変わらない限り,待合室には連絡をくれないのです。
ずっと待合室にいてもあきらへの思いが膨らむだけでした。
その日の9時頃になって,妻に,
「一度家へ帰ろう。ここにいてもあきらには会えないし,一度家へ帰って松前から来てくれているばあちゃんにもお前から様子を知らせてあげたらいいよ。」
と言いました。
しかし,妻は,
「あきらのそばを離れたくない。ここにずっといる。」
と,言って帰ることを同意してくれませんでした。
その時,待合室の電話が鳴りました。ちょっとお話したいことがあるというのです。
待合室の二つ隣にあるカンファレンスルームに呼ばれました。
これまでの治療の経過と,これからの治療をどのようにするのかの説明をしてくれるというのです。
「あきらちゃんは,信じられないほどのケースで急激に病状は悪化しています。ひじょうに厳しい現状です。今までの治療の経過を・・・・。」
「ちょっと待ってください。今までの治療の経過の説明を聞いてどうするのですか。私には,自分たちの治療の正当化をしているように思えてしかたありません。」
「それじゃ経過は言わなくていいですか。」
「いや。私は,すべて知りたいです。教えてください。」
普段穏やかな妻が,しっかりとした声で主張しました。そして,
「可能性として生存の可能性はどうなんですか。」
「・・・・・・・・。」
「それじゃ1%ぐらいなんですか。」
「そうです。」
何とも言えない挫折感を味わいながらも,私は,やりとりを静かに聞いていました。しかし,
「1%ととは,どういうことなんですか。」
と詰め寄ってしまいました。
医者は,黙ったままでしたが,しばらくして,今までの治療の概要を説明してくれました。
さらに,現在の治療のことも話してくれました。
あきらの治療は,体中の血液をすべて抜いて新しいきれいな血液を入れて,腎臓を集中して治療しているとのことでした。
肝臓も悪く,肝機能の障害を示す,値が通常ならば40,50という数値なのに,4万,5万という信じられないレベルの数値になっていることを医者から提示されました。
二人は,愕然として医者の話を聞いていました。
カンファレンスルームから呆然とした状態で待合室に戻りました。10時頃になり,
「やっぱり帰ろう。」
と,私は,強引に言いました。
「そうね。帰ってもつらい,ここにいてもつらいのなら,一度帰ってみようか。ここにいてもあきらの顔は,見えないから・・・・。」
と,言ってくれました。
荷物をまとめて,二人で一度家に帰ることにしました。
家へ帰ろうとして外へ出ると雪が舞っていました。寒さ厳しい今年の冬を象徴しているようでした。