ランドマークを見つけよう
戻る
病院を転院させられて
間もなくすると,時間外受付の前に救急車が到着しました。
H大附属病院からF病院に運ばれることになりました。F病院は,同じ国道2号線沿いにある市立の病院でした。
車で来ていた私は,洸太朗と涼太朗を乗せて,一度家まで二人を連れて,入院のための準備物を取りに帰ることにしました。
家に着いて,子どもたちに,
「これからすぐに病院へ行くので,二人とも10時までには,歯磨きをして寝んといかんよ。」
「うん。ここで寝ていい。」
二段ベットではなく,いつもあきらと私たちが寝ているふとんのところを指さして洸太朗が言いました。
「いいよ。洸太朗は,お兄ちゃんだからしっかりと涼太朗のことを頼むよ。」
「オッケー。任せなさい。」
元気に答えてくれたので少し安心しました。
そして,入院となると,この二人の面倒を見る者がいなくなる可能性があるので,私の実家に電話をしてみました。
でも,通じません。年老いた両親なのでもしかすると父が倒れたのだろうかと心配になりました。
同じ松山に住んでいる姉に電話をしてみました。
「あぁ。姉貴。じいちゃんらは,どっかに行ってるの。」
「そうよ。出雲大社のお参りに昨日から行っているのよ。どうしたん。」
「いや,電話しても誰も出ないから心配したんよ。」
「そう。みんな元気でやってる?」
その言葉でつまってしまいました。
「あきらが,ちょっと入院したんでばあちゃんに広島へ来て洸太朗と涼太朗を見てもらおうと思ってなあ・・・・。」
「だいじょうぶなん?姉ちゃんが,ちょっとどこのホテルに泊まっているか調べてみようわい。」
と言ってくれました。
しばらくすると,ばあちゃんから連絡がありました。驚いた声でした。
でも,せっかく楽しみにしていた出雲へのお参りなのであきらのことで心配をかけたことを申し訳なく思いました。
「そんなに大したことないから,松前の方へ頼むから心配せんといてね。」
と言って電話を切りました。
松前というのは,愛媛県松山市の隣の町の名前です。
松前には,妻の実家があり,まだ両親も健在なので,頼むことにしようと思ったのです。
時間は,9時を過ぎていましたが,子ども二人を家に置いて,F病院へ荷物を持って直行しました。
受付で,
「救急車で運ばれた關と言いますが,どこへ行けばいいですか?」
と聞くと,受付は,警備員のような人がいて,書類で確認しながら,
「あちらの階段を上がって救急病棟へ行ってください。」
と,教えてくれました。
走って救急病棟へ行くと,あきらは,脳波の検査のために一階にいることを教えられました。
CTスキャンの部屋の前に座っていると,主治医と思われる女の先生が,近づいてきました。
「關さんですか。あきらちゃんは,今のところ脳波には異常がありません。ただ,念のため今日は,入院をしてもらいます。」
と,言って病室に案内してもらいました。
すでに夜の10時になっていました。
あきらは,母親に抱きついて泣いていましたが,普段の明るい笑顔でした。私は,また,自分を指さして,
「だれか分かる?」
「お父さん。」
「あきらちゃんは,お父さんの何ですか?」
「たからもの。」
「分かるんだね。よかった。よかった。」
と言って頭をなでてあげました。
少しして主治医と看護婦さんが,病室にやってきました。
病室と言っても救急のために,ナースステーションの前の少し広めの救急のための仮の病室のように感じました。
しばらくすると,看護婦さんが入ってきました。
「あきらちゃん。やっと落ち着いたね。でも,これから注射をしますよ。がんばってね。」
と言って注射をしました。
そして,私たち夫婦に,
「これは,血管痛がある薬です。ちょっと痛いので泣くかも知れません。」
と,言いました。
「痛い!痛い!いやいや。」
と,あきらは泣き叫びます。
必死で点滴を外そうとしています。
今でもそのときの顔が,忘れられません。
「なんでこんな注射をするのですか。」
と,尋ねても,熱性痙攣をおさえるのと,熱を下げるための薬だという説明しかありませんでした。
患者側には,薬に対する知識はありません。
医者のする通りに任せるしかないのです。何と虚しいものかと思いました。
あきらは,泣いてはいるものの,元気を取り戻していたので,
「あきらちゃん,お父さんは一度家に帰ってくるよ。今度来るときにセーラームーンの本を買ってくるからね。それから,家からあきらの大切なこの袋を持ってきたよ。」
と言って赤いあきらの袋を見せました。
この袋には,あきらのお気に入りのものがすべて入っていました。セーラームーンの人形やうさぎの人形,ミニチュアの家電製品の模型やお菓子などなど。
「ありがとう。お父さん。ありがとう。ヤッター。」
「早く元気ならんといかんよ。痛くてもがまんしてね。」
「う・・・・ん・・・・。」
と,血管痛を我慢しながら,何とも言えないいつもの笑顔を見せてくれました。
それが,最後の会話になるなんてその時,思うはずがありません。
本当に・・・・・最後になるなんて・・・・・。
「入院するんなら,誰かに来てもらわんといけないな。」
「そうね。松前のお母さんに連絡してみようわい。」
「そうしてくれるか。松山に連絡したんだけど,出雲大社にお参りに行っているみたいで不在なんよ。お前も自分のお母さんの方がいろいろ頼みやすいやろ。」
妻が電話をして,何とか松前のお母さんが明日フェリーで広島へ来てもらえるようになりました。
病院に夫婦二人がつめることになれば,洸太朗と涼太朗の面倒を見る者がいなくなるのです。
「広島じゃなかったらどうにでもなるのに・・・・。」
そんな後悔の念がありました。
親元を離れて生活していることの不便さを改めて実感したのでした。
あきらのことで不安な気持ちもありましたが,仮の病室では寝るところもなく,意識が思ってた以上にしっかりしていたので,家に残している二人の子どものこともあるので病院をあとにしました。
官舎へ帰る途中で,夜中でも開いている本屋があったので,あきらのお気に入りのセーラームーンの本を買いました。
また,コンビニにも寄って,朝食べるおにぎりとサンドイッチを買い求めました。
部屋に着くと,もうすでに12時をまわっていたので,二人の子どもたちは,仲良くふとんにならんで寝ていました。
急いで歯磨きをして,私も寝ることにしました。