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小児病棟に移されて
どのくらいたったでしょうか。
あきらの口や鼻からの出血は相変わらず止まらない上に,何度もおむつをかえることが続きました。
夕方の5時。
チーフと思われる男の先生は,
「ちょっとお話があります。」
と,話しかけてきました。
「これ以上どんな話があるんですか。」
と気短な私は,突っかかりました。
「あきらちゃんを小児病棟へ移そうと思います。ここでは,十分な治療ができないので。向こうが空き次第移動します。」
「十分な治療って・・・・・今まで十分な治療をしてなかったのですか。」
「そういうわけではありません。可能性があるから可能性にかけてみるということなのです。」
「可能性?そんなにあきらは,本当に危ない状況なのですか。」
「・・・・・・・。」
「わかりました。できる限りのことをしてください。何とかお願いします。命を・・・・命を,命だけは助けてください。」
親としてそれ以上言うことはできませんでした。
F病院の小児病棟へ移動することになりました。荷物をまとめて小児病棟へ移動します。
あきらの意識は,当然なく,妻と私は,呆然として移動するベットについて行きました。
小児病棟に移ると間もなく,チーフと思われる先生から,
「今晩,H大の集中治療室に移します。今までもH大と連絡を取りながら治療を続けてきました。
あきらちゃんは,昼間に脳波をとった段階ではまだはっきりと脳波が出ています。
腎臓と肝臓を集中して治療すれば,まだ助かる可能性は残されています。
集中治療室に入ると24時間管理されるので付き添うことは,できないけれど,これが最善の方法なのです。」
「助かる可能性なんて・・・・・,そんなに厳しい状況なんですか。」
「今年に入ってすぐに同じような症状で運ばれてきた5歳の男の子は,3日で死亡した例もあ りますし,
10日間このような状況の子が回復した例もあります。
今の段階では,何とも言えません。
私は,可能性にかけてみたいと思うのです。」
「・・・・・。」
なんでこんなことになるのだろう。
あのとき,そのままH大附属病院で見てくれていたらと思うと,腹立たしさと自分たちで何もできない無力感でたまりませんでした。
「最後までできる限りのことをしてください。全力を尽くしてください。お願いします。あきらを助けてください。」
と,お願いするしかありませんでした。
今思うと,附属病院からF病院に転院させられ,また,附属病院に戻される。
病院には,病院の事情があると思います。
でも,当事者としてこのようなことをされるのが当時の自分の中で納得できなかった思いがあります。
研修医レベルの医者が,どのような治療をしたのか・・・・・。
今悔やんでもみても,あきらは永遠にこの世に存在しない事実に本当に言葉もありません。