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子どもたちの笑顔に迎えられ
あきらが亡くなって,正直,ショックで気力がなくなってしまいました。
わざわざ3年前,愛媛から広島まで娘を死なせに来た結果になったことが残念でした。
29日になり,通夜の日でしたが,午前中,学校へ行く予定にしていました。
朝,準備をして学校へ出かけました。
学校へ着くと,同僚は,驚いた様子でした。
でも,どんな言葉かけをしたらいいのか分からず,戸惑っていたようでした。
教室に行くと,40人の子どもたちが待っていました。
子どもたちの顔を見ると,自分の子どもを見るようで涙がとまりませんでした。
子どもたちも先生の子どもが死んでしまったという事実を子どもなりに分かっているようでした。
「先生,これ。みんなが先生に手紙を書いたの。読んでください。」
と,代表してクラスで一番大きな兼元君が大きな封筒を渡してくれました。
兼元君の顔を見ると,思わず涙が出ていました。
「ありがとうね。そして,みんなごめんね。
先生は,こんな姿をみんなに見せたくなかった。
いつも元気で厳しい先生でいたかったのに。・・・・ごめんね。」
と言うと,また,涙がとまりませんでした。
2年生の子どもなりに悲しみはあるようでした。
「でも,・・・・・・先生の子どもは死んでしまったけど,先生には,ここにたくさんの子どもがいるからいいよ。
おもしろい子,おかしい子,かわいい子。変な子もたくさんいるけどね。」
「ははは・・・・。」
教室中に笑いが広がりました。
笑い顔を見ると,余計に涙が出てきました。
3校時と4校時,生活科の授業をしました。
子どもたちの笑顔に包まれて楽しいひとときでした。
やっぱり,先生というのは,子どもたちに教えるだけではなく,子どもたちに助けられ,反対に教えられているそんな職業なんだと改めて感じました。
昼になり,研究会のための資料を印刷しました。
約30頁ほどの資料を200部準備するために印刷室へ行きました。
いつも何かと親切にしてくれている同僚の神津先生が,
「何やってるの?ぼくが,印刷して綴じてあげるから・・・・。早く帰ってあげてよ。」
「すみません。でも,自分でできることは,やりますから。」
と,言って印刷をしていました。
同僚もなかなか何と言葉をかけていいか分からないようでした。
いつもは,元気な算数の赤井先生も印刷室に顔を出してくれましたが,神妙な顔つきをしていました。
「關さん・・・・。娘・・・・・・・・。娘なんやろ・・・・・。たまらんな・・・・。」
と言って,涙を流してくれていました。
「すみません。いろいろ迷惑をかけて・・・・。」
こちらも何も言えませんでした。