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「そこにいる」ことの大切さ
まさか,自分の子どもが。
昨日まで何も変わりなく生活していた子どもが。
どうして?
と疑っても仕方ありませんでした。
何をしても,何を見てもあきらのことが思い浮かぶ毎日でした。
かわいい自転車を見つけては,
「兄ちゃんのお古を使わしたりしないで,新しく買ってやればよかった。」
と思ったり,かわいい子ども連れの親子を見ると,今まで何も思わなかったのに,羨ましく感じたり・・・・。
今まで,小学校の社会科や生活科において科学的知識をいかに保障してやるのか。
楽しい授業づくりはどうあるべきかなどと追究してきました。
でも,結局のところは,・・・・・・「命」なんですね。
命がなければ何もできないのです。
笑うことだって遊ぶことだって,話すことだって。
今,生きていることがいかに大切で,すばらしいことなのか。
つい当たり前のことですが,改めて感じています。
最近になっても,いじめを苦に自殺したり,不慮の事故死があったり,まだ幼気な子どもの悲しいニュースが絶えません。
そんなニュースを耳にすると,
「その親は,どんなにか悔しくて悲しい思いをしていることだろう。」
と,自分のことのように考えてしまいます。
今までもある程度意識して考えていたように思いますが,いかに上っ面の「共感」レベルであったかが分かりました。
学校では,子どもが生きていくために大切なことを教える場であると思います。
学校のあり方が問われている中で,子どもたちに生きていくためには何が必要で,今,何が欠けているのかを真剣に考えていく時期がきていると思います。
子どもたちは,まわりにいる同じ人間とのかかわりの中で生きていくわけで,コミュニケーションのしかたや相手を思いやる心が必要です。
もちろん,人間だけではなく,動物や植物などすべての生き物が「共生」できる環境をつくっていく必要もあるでしょう。
その中で,学校は,子どもたちにとって,中心的な存在になることが本当に必要なのです。
よく教師や親を含めた大人たちは,子どもに「○○してほしい。」とか「どうして○○できないのか。」と数々の要求をしがちです。
受験戦争が叫ばれて久しいのに,旧態依然としてまったく変わっていないのが現状です。
考えてみると,「そこにいる。」ということの大切さを忘れがちになるのです。
「そこにいる。」
つまり,存在していること,生きていること自体のすばらしさを忘れてはならないと思うのです。
子どもでも,友だちでも家族でも,そこにいてくれるだけでいいのです。
よく誰かと飲みに行ったり,食事に行ったりすることを考えてみてください。
もちろん,酒を飲むことや食べることが楽しみなのですが,例えば,友だちの○○君,○○さんがいるからもっと楽しい,と思うのです。
○○がいてくれるからこそ話も盛り上がるし,その存在感自体に満足をしているのだと思います。
「そこにいる。」
「そこにいてくれる。」
そのことが,大切なんだと思います。
今回のことがあり,今までの自分の研究に衝撃を与えました。
生きるとか心の問題だとか感性などと言えば,「科学」とは相反する存在であり,研究対象としたくなかったのです。
でも,そのことを真正面からとらえてみようと考えるようになりました。
週3時間の社会科や生活科が,子どもに与える影響は知れています。
子どもたちが,日々の生活の中で,本当に知的に楽しく,生きていく力をつけるための本当の教科づくりをしたいと考えるようになりました。
万人に通じる「生きる」力について見つめ直してみようと思っています。