ランドマークを見つけよう
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エピローグ
宝物であった「あきら」との永遠の別れがあって,もう9年の歳月が過ぎました。
そして,あきらが亡くなった時に私が担当していた子どもたちも高校2年生になりました。
あきらが亡くなった時,生活科の公開授業のために,一番大切な詰めの段階で,自分の愛する宝物のあきらも亡くなり,後悔ばかりの日々でした。
それは,子どもたちと「ランドマークを見つけよう」の最後の活動を予定していた時でした。
今まで「見える」ランドマークへ意識が向いていたのを「自分」の「見えないランドマーク」にも意識づけるためのステップとして「音」によるランドマーク集めをしようと投げかけ,活動したいと言ってくれた子に「自分の町の音」を録音をしてもらっていました。
でも,その集めた「音」を満足に分析できないまま,子どもたちの気づきを聞けないままに研究会を迎えてしまいました。
本番の授業では,広島のランドマークと自分のランドマーク見つけの活動をする予定でした。
でも,公開授業では,そのレベルまで子どもが達していませんでした。
私も事前の授業を満足にできず,日々のサポートができていなかったのです。
2年間にわたって計画してきて,1年生から取り組んできたものがすべて水の泡と消えたような感覚だったことを覚えています。
自分なりにいろいろ考えることがありました。
でも,何とかもう一度がんばってみようと思い直すことができたのが,3月に入ってからでした。
そう思ってから,あきらのことを何とか「形」に残しておきたいとあきらが倒れてから,今までのことを「本」に残しておこうと執筆に没頭したのです。
当然のことですが,世の中の人は,あきらのことを知りません。
知っている人だって,あんなにかわいかったあきらがいたなんてことは,すぐに忘れられるでしょう。
私は,それが悔しくて何らかの形として残しておきたかったのです。
いかにも自己中心的だと言われても,あきらがいた事実を永遠に残したいのです。
子どもたちに「今の自分を何かのかたちで記録にして残しておこう。」と言い続けてきた自分にとって,自分自身が取り組めることもあると思ったのです。
つらかった日々も3月16日に,49日の法要をすませることができました。
でも,精神的に未だに100%立ち直ったとは言えません。
自分の子どもという存在の大きさをいつまでたっても忘れられないのです。
何を見ても,どんな些細なことでも思い出してしまうのです。
あきらは,何のために生まれてきたのか。
あきらは,自分たち夫婦の子どもに生まれてきて本当にしあわせだったのか。
あきらは,自分たちが,この世を去るときに自分たちの顔を覚えておいてくれて迎えにきてくれるのだろうか。
あきらは,私たちにたくさんの喜びや思い出を与えてくれました。
でも,それ以上の悲しみを残して私たちの前から永遠に去ってしまったのです。
そのことを思うと本当に情けない思いです。
学校では,子どもたちが,教室から帰り,自分の研究室に返り一人になると,そんな思いが自分を襲ってくるのでした。
私が教えた子どもたちが,これからどのように成長していくのか,自分の子どものように楽しみにしています。
私にとっては,一人一人が大切な教え子であり,子どもなんです。
子どもたちと上っ面だけのつきあいをしたとは思っていません。
これからの教育を考えていくためには,まず,子どもたちが,予想もしていないような困難な状況に遭遇しても,対処できるストレス対処能力や,意志決定や価値判断が的確にできたり,自分の要求ばかりを相手に押しつけないで,我慢できたりするような自己コントロール能力も必要でしょう。
そして,何よりも人としてこの世の中に生きている以上,社会的ルールを守ったり,基本的な生活習慣を含めた生きるための技能とも言える社会的能力や,相手への思いやりを根底にした情緒的能力を育てることが必要であると思います。
そして,何よりも子どもたちが,学校という枠組みの中で,日々かかわりのある授業自体も考えなければいけません。
授業で「分かる」のではなく,授業で何かを「感じる」ことが大切なのではないかと思います。
どんなことにでも「感じる」ことのできる人間づくりが望まれていると思います。
つまり,理解するとか分かるなどというのではなく,自分の心で「感じる」ことが大切なんだと思います。
今,近くの公園の桜が満開です。
こんなきれいな桜をあきらは,永遠に見ることはできなくなりました。
「いのち」がなければ,きれいな桜を見ることだってできないし,自分なりに桜を見て,きれいだなとか,散って悲しいなとか「感じる」こともできないのです。
私は,あきらとの永遠の別れを経験し,心の中に悲しみのランドマークが残ってしまいましたが,生きているものとして,人として,大切なランドマークである「いのち」を根底にした教育を模索していく契機になったことだけは確かです。
まだまだ,これから自分の子どもはもちろんですが,学校においては,無限の可能性を秘めた,また,それぞれの保護者の大切な宝物である子どもたちを育てるために考えなければならないことは山ほどあるような気がします。
今,学校に期待されている役割も変化していく中で,あきらのかわいい笑顔のランドマークを永遠に忘れることなく,これからも「生きる」力を育てるために,一人の父親として,一人の教育者として前向きに取り組んでいくつもりです。
「ランドマークを見つけよう」(完) 2005年4月吉日。