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微笑んでいるような「あきら」
入院をしてからは,出血のために鼻や口は,血で固まり,酸素マスクや点滴のために体中を傷つけられているようでした。
生前の見る影もなかったあきらの顔でした。
「これで死んだらかわいそうだな。」
と思っていましたが,どうすることもできませんでした。
「これから,あきらちゃんをきれいにしますから,すみませんが家族の方も病室から出て,待っておいてください。
それから,あきらちゃんの一番好きだった服を着せてあげたいと思いますので,お母さん,準備してここに置いておいてください。」
病室を出ると,涼太朗が壁をたたきながら泣いていました。
洸太朗は,入院している子どものための図書室のソファで横になり,必死で涙をこらえているようでした。
その様子が余計にこちらの気持ちを悲しくさせました。
私は,努めて冷静に装おうと,気を落ち着かせ,学校へ連絡しようと思いました。
今頃は,研究会前の教官会の最中だと思いましたが・・・・。
電話をすると,事務の大西さんが出ました。
「もしもし附属小学校事務室です。」
「もしもし,關ですけど。」
「ああ,關先生。子どもさんは,どうですか。」
そんなに言ってくれた途端に,冷静さを失ってしまいました。
「すみません。武内副校長先生に伝言願えますか。
今,娘が死んだので・・・・。」
「えー?ちょっと・・・・待ってください。
副校長先生に代わりますので。」
電話を切り替えるために少し時間がかかりました。
「もしもし。ああ。關先生。」
「今,・・・・あきらが・・・・だめでした。一応,連絡をしておこうと思いまして・・・・。」
「・・・・。分かった。しっかりせんといかんよ。」
「それでは,いろいろと手続きがありますので。」
と電話を切りました。
息をひきとった後,あきらは,三人の看護婦さんの手で体をきれいにしてくれました。
病室の戸を開けると,入院をする前と同じようなあきらがそこにいました。
点滴や酸素ボンベの管などが外され,ベットのまわりにあった機器類もきれいに持ち去られていました。
中に入り,あきらの顔を見ると,入院していた一週間ばかりの間に少し成長したように見えました。
脱脂綿を鼻につめ,白い布で縦にハチマキをするようにされていました。
体の前で,両手をしっかりと強く握らされて「にこっ。」と笑っているようにも見えました。
「これからどうするのかな。」
と,ふと漏らすと,私の母が,
「病院からあきらを家につれて帰ってあげないといけないのよ。」
「自分で?」
「そうよ。」
搬送車のようなもので運んでくれるとばかり思っていたのに,自分で遺体を家に運ぶなんて思ってもみませんでした。
「關さん,ちょっとこちらにお願いします。」
と,主治医だった大柄な先生が呼びました。
呼ばれて,看護婦さんが待機している部屋の横の小さな部屋に案内されました。
「何でしょうか。」
「はい。あきらちゃんのことです。あきらちゃんの病名は,急性脳症です。
原因は,インフルエンザの菌におかされたものと判断されます。
しかし,これは,正式には,まだ分かっていません。
血液検査の結果が出るまではまだ分かりません。
もし,はっきりとした原因を調べるためには,言いにくいことですが,あきらちゃんを解剖しなければなりません。
どうしますか。」
「どうしますかと言われても・・・・。
解剖して原因が分かったところであきらは返ってこないわけですから,今さら解剖なんかして体を傷つけたくはありません。
原因不明で結構ですから・・・・・・。なぁ。」
と,妻に言いました。
妻もこれ以上あきらを傷つけることはできないと思っていたのでしょう。
「解剖なんてしなくていいです。いろいろとお世話になりました。」
「分かりました。これが,死亡診断書です。
いろいろな手続きのときに必要になりますから,大事に持っておいてください。」
「いろいろとお世話になりました。」
主治医の顔を見るのも正直言っていやでしたが,気持ちを押し殺して頭を下げました。
考えてみると,医者というのも,いやな職業だと思います。
助けられたら感謝されるでしょう。
でも,病気を治して当たり前と思われる場合もあると思います。
いくら自分の子どもではないとはいえ,一人の子どもの命を助けられなければ,子どもの家族を含めて,疑いや嫌悪感を持たれる場合だってあると思います。
今回の場合でも,あきらを途中で放棄したかたちで病院を転院させ,結局のところ死に至らした責任感というのは,少しはあってほしいと思いました。
しばらくすると,看護婦さんが中に入ってきて,
「關さん。ご面会の方が来られていますよ。」
と,告げてくれました。
廊下へ出てみると,武内副校長の顔が見えました。
それに,大槻校長と事務室の渡辺係長,同僚の服部先生が立っていました。