ランドマークを見つけよう。  ランドマークを見つけよう   最愛の娘「あきら」です。  戻る



    親子が引き離されて




 夜9時を過ぎて,F病院に救急車が到着しました。
 私は,先に自分の車に荷物を入れて,またH大附属病院へ向かっていました。
 妻は,あきらに付き添い救急車で行くことになっていました。

 妻もどんなにかつらかったかと思います。

 集中治療室に移され,24時間集中管理され,菌でおかされた腎臓,肝臓の治療を続けることになりました。
 かたい扉で遮断されて,部屋に入るときは,白衣と帽子,マスクをつけ,手を消毒して入るという完全看護のように思えました。


 妻は,あきらと少しでも離れることを気がすすまないようでした。
 でも,それしかないと言われればそうするしか患者の立場では従うしかないと思います。
 その夜は,待合室で夜を明かすことになりました。
 集中治療室は,H大附属病院の3階にあります。
 待合室は,一階上の4階の小児病棟の入口のところにあります。
 待合室には,連絡のための呼び出し電話がついており,治療室から用事があるときに呼び出されることになっています。
 集中治療室は,1日でたった一度だけ,午前11時に面会することが可能です。
 待合室にいても何ら連絡をしてくれないのです。



 その晩は,なかなか寝付けませんでした。
 待合室は,もう一家族の人が待っていました。
 父親が,集中治療室で治療を受けているようで,母親と思われる人と高校生ぐらいの子ども4人が静かに待っていました。
 それと,私たち夫婦2人で待合室で寝ることになりました。
 ベットなどはなく,ソファやパイプいすに寝ることになります。
 毛布も一家族1枚配布されるだけでとても惨めな思いをしました。


 不安や悲しみではじけそうな気持ちで寝ているときのことでした。

 夜中2時頃になっても私は眠れなくてうとうとしていました。
 待合室のある階は,小児病棟なので,夜遅くまで患者が起きていることはなく,とても静かでした。
 でも,若い男の声がどこからともなく聞こえてきます。
 耳を澄ませてみると,なんと隣から聞こえて来るのです。
 トイレに行くときに待合室を出て隣の部屋を確認してみると,当番医と思われる宿直の者の仮眠室になっていたのです。
 医者とは思えないような今時の若者そのものの声で話しているのです。
 話題は,はっきりと聞こえませんが,彼女のことやテレビのことなど端々の話題が細切れに聞こえてきました。
 今担当しているであろう患者の話題も堂々と話しているのに気づきました。
 すると,あきらのことかと思われる話題も出てきました。


 「あの子はどうなの?」
 「う・・・・ん。」
 「むずかしいね。生きていても意識障害は残るだろうね。腎臓ももうボロボロだし・・・。」
 缶ジュースを無造作に開ける音がして,
 担当とは別の医者と思われる者が,
 「まあ,仕事,仕事。がんばって。
 隣りで聞いている私は,愕然としました。
 自分たちよりも若いであろう若い男に。
 しかもこんな人間にあきらを任せているのです。
 あきらのことで笑ったのではないと思いたいのですが,待合室にまで聞こえる大きな声で笑っているその非常識さにあきれてしまいました。
 部屋を飛び出してどなりこんでやろうかと何度も思いました。


 「あきらは,もうだめかも知れない。
 そんな不安が正直よぎりました。
 せめて,私たちの前では,医者という尊敬できる存在でいてほしかったし,そのような態度を見せ続けてほしいと思うのは,私だけではないと思います。
 ふと,
 「あの若い医者は,結婚しているのだろうか。
  子どもはいるのだろうか。
  もし,いるのなら自分の子どもが,もし,あきらのようになったら,なんて思わないのだろうか。


 その晩は,ついに寝ることができず,くだらない若い医者の話を聞かされながら夜を明かすことになったのです。



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