ランドマークを見つけよう。  ランドマークを見つけよう   最愛の娘「あきら」です。  戻る



    急激に悪化していく病に



 病院の玄関を入ると,急いで階段を上がって病室へ行きました。
 医者が数名集まっており,ただならぬ雰囲気です。
 ふと見ると妻が泣きながら付き添っていました。
 「だいじょうぶ。」
 と,声をかけると,妻は,泣き崩れました。
 「あきらが,あきらが・・・・・。」
 と,言ったまま声が出ません。廊下へ連れだし,
 「どうしたの?」
 と聞くと,あきらは,「朝,お母さんお母さん・・・・・。」と言って,すがりついたまま意識を失ったというのです。
 「でも,何であんなになるの?信じられんな。昨日まであんなに元気だったのに・・・・。」
 すると,昨晩に説明をしてくれた女の主治医の人がやってきました。


 「關さんですか。残念ですが,あきらちゃんは,ひじょうにむずかしい状況です。
  何よりも一番心配しているのは,おしっこがでないのです。
  腎臓がかなりやられています。見て分かると思いますが,鼻や口から出血をしています。
  胃から出血しているのかも知れません。肝臓もかなりやられている可能性があります。
  このままでは,・・・・。信じられないことですが,脳に菌が入り,臓器が,すべてやられていることも・・・・。」
 「何言ってるんですか。信じられないことを平然と言いますね。
  昨日の晩は,あんなに元気になっていたのに。どうして?どうしてくれるの!」
 医者は,黙ったままでした。


 病室へ入ると,昨日までの姿とは,似ても似つかない姿に唖然としてしまいました。
 目には,ガーゼが被せられているのが一層厳しい状況であることを告げているようでした。
 とっかえひっかえ医者がやってきては,
 「○○をしないと。」
 「いや,○○を続けて投与しよう。」
 とか話し合っています。
 あきらは,鼻に呼吸を補助するための管を入れ,全身点滴を受けながら,鼻や口から血を出しています。
 口にまで血が出てくるので吸引器で吸引したと思われる血液が,ベットの斜め上に設置してあるガラス容器にかなり貯まっていました。
 そして,何より私たちの不安を増大させたのが,点滴の機械のビープ音でした。
 途中,点滴のための機械が度々故障と思われる「ピーピー」というビープ音を出します。
 信じられないことですが,到底最新とも思えない機械で,だいじょうぶだろうかと思っていました。
 これは,多分,私にこちらの病院に対する信頼度が,この時点で欠けていたからだろうと思います。


 私は,生まれてからずっと愛媛県に住んでいたので,広島のことは,分からなかったのです。
 もし,愛媛ならあの病院はだめでこの病院にしようなどの基礎的な予備知識はあったと思います。
 広島という地でどこの病院がAランクで,どの病院がCランクだなんて全然知らなかったのですから。
 その後も,点滴のビープ音は,何度も私たちを苦しめるように鳴りました。
 点滴をするのにどうしてこんなに異常をきたすのかも分かりませんでした。
 点滴のための機械は,二度程取り替えられました。
 でも,たびたび故障と思われるビープ音がいやな予感を私たちに増大させてきました。


 昼になってもいつも食欲旺盛な私も,全然腹が減りません。
 妻も同様で,あきらの手をしっかり握って放そうとしませんでした。
 「あきら。もう一回だけ目覚めてよ。そして,お父さんといっしょに買い物へ行こう。
  セーラームーンの本が見たかったんでしょう?お父さんが夕べ買ってきたよ。」
 と言うと,余計に涙があふれてしまいます。

 あきらは,まったく反応がありませんでした。
 薬で眠らせていることもあって反応しないのも仕方ありません。
 妻のさみしげな態度を見るのがつらくなって,午後1時を時計が指した時,私は,昼飯を食べに,その場を離れることにしました。

 「ちょっと何か食べて来ようわい。何か買ってくるものある?」
 と妻に尋ねました。
 「ああ,ちょうどよかった。おむつを買ってきてくれない?」
 「おむつ?ああいいよ。何か食べるものは,いらない?」
 「いらない。全然食欲がないから・・・・・。」
 と,言いました。
 あきらは,排泄調整機能が低下したのかおむつが必要になってきたのです。
 おむつを買っておいてほしいという要請が病院からあったようでした。


 私は,気力なく病院の外へ出ました。
 とても寒い日でしたが,全然寒さを感じませんでした。
 病院の玄関を出て国道2号線の方へ歩いていきました。
 「くすり」の看板を見つけて,紙おむつを買いました。

 そして,「ラーメン」という看板を見つけてラーメン屋に入りました。
 おばさん一人が経営をしているような小さな店でした。
 「ラーメン一つ。」
 と注文してただ呆然としていました。
 間もなくラーメンができあがり,運ばれてきました。
 食べようと思うのですが,全然おいしく感じません。
 でも,人間は,情けないと言うか,正直と言うか,こんな時でも腹だけは減っているのかラ−メンを全部食べました。
 店にいた陽気な男の人がおばさんを相手に競輪のことを話しています。

 当たり前のことですが,自分のまわりでは,ふだんとまったく変わりのない生活が営まれているわけです。
 虚しい気持ちのままラーメン屋をあとにしました。
 病室に戻るときに,妻のために何か食べてもらおうとおにぎりをコンビニで買いました。
 病院のまわりには,くすり屋やコンビニなどがたくさん集まっています。

 「何で集中してお店が集まってくるのかな。」
 「病院のまわりには,どうして薬屋が集まっているのかな。」などと考えていました。
 今さらながらにやっぱり社会科の教員なんだなぁと思いながらも,あきらの顔が見たくて思わず走っている自分に気づきました。
 急いで病室へもどりました。
 ちょうどそのとき,女の主治医の先生ともう一人チーフのような男の先生が来ました。


 「これから脳波をとります。出血しているのは,胃かもしれないのでエコーもします。
  少しの間,待合室の方へ行って待っていてください。」
 と,言いました。
 妻は,あきらと別れるのがつらいようでしたが,妻を抱きかかえるようにして,待合室の方へ歩いていきました。
 「おにぎり食べたら?これから先は長くなるよ。」
 「うん。そうね。」


 その時,二人には,あきらが,かなりの重体であるという意識はあったように思えますが,まさか死に至るとはまだ思っていませんでした。

 「意識障害は残るかも知れない。」

 そんな不安がよぎりました。妻の手を握って,
 「どんなになってもあきらは,自分たちの子じゃ。最後まで面倒を見てやろう。
  誰が何と言っても自分たちのかわいい子なんだから自信をもって育てよう。」
 と,言いました。妻もうなずいてくれました。
 「当然よ。いつまでたってもあきらは,あきらなんだから。」
 そう言いながらも元気だった頃のあきらのことが,想い出されて余計悲しく感じていました。


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