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下関条約 下関条約

 1894(明治27)年7月に始まった日清戦争は,日本軍が海陸とも清軍を圧倒した。そして,翌年4月に,山口県下関で日清講和条約(下関条約)が結ばれた。日本全権は伊藤博文首相と陸奥宗光外相,清国全権は李鴻章であった。第一条で,清が朝鮮に対する宗主権を放棄することを規定し,日本の朝鮮支配の地固めがなされた。第二条で,台湾澎湖列島遼東半島を日本に割譲した。さらに,賠償金二億両(テ-ル:約三億一千万円)を獲得した。また通商特権を得るとともに長江沿岸の杭州・蘇州・沙市・重慶を開市・開港させた。


■ 下関条約

第一条

 清国は朝鮮国が完全無欠の独立自主の国であることを確認する。よってその独立自主を侵害するような朝鮮国から清国への貢納や臣下の儀礼などは,将来全く廃止すること。

第二条

 清国は次に記した土地の主権と,その地方にある城塞,兵器製造所,官有物を永久に日本に割譲する。

一 次の境界内にある奉天省南部の地(遼東半島のこと)

二 台湾全島とその付属の諸島

三 澎湖列島

第四条

 清国は戦争費の賠償金として庫平銀二億両を支払うこと。

第六条

 清国は本条約を批准交換した後,すみやかに・・・・通商航海条約及び陸路交通貿易の約定を結ぶことを約束する。さらに現在清国が欧州各国と結んでいる条約章程をもって,日清両国間に結ばれる諸条約の基礎とする。すべて日本に最恵国待遇を認める。(以下略)

〔日本外交文書〕


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